BOTAN

「造り・伝え・活かす」日本の造園家 = Biocultural Environment Designer 細野達哉のブログ

Base on the Arts and Nature

 ブログタイトルのBOTANは “Base on the Arts and Nature” の頭文字です。

 

以前の記事で、造園の新たな職業観について

 

「自然と人間の関係に基づいて持続的で文化的な暮らしを整える職能 = Biocultural Environment Designer」

 

と書きました。

ブログタイトルのBOTANはこの考え方を表したものです。

 

牡丹の花は百花の王と言われ、中国を起源としますが、日本の文化でもその美しさのみならず、魔除けや霊力の象徴としても大変親しまれてきたボキャブラリーの一つです。曲亭馬琴南総里見八犬伝の志士たちにはみな身体のどこかに牡丹の痣があって…というのも有名な表徴ですね。

 

また、日本語ではスイッチとしてのボタンや洋服のボタンとも音の響きが同じです。これらからは、何かを始めたり、切り替えたり、繋いだりする行動イメージが湧きます。

 

だから何だということもないのですが、日本の造園の職業観を改めて考え直してみようと思ってごちゃごちゃ考えていた私にとって、これはとても良い言葉遊びになりました。日本の庭園文化の捉え方を改めるために何かに置き換えて考えたらどうなるか、そしてこれから自分は何がしたいのか、さらにそれらをまとめてどのように表現できるかという一連の脳内作業によって、一つのまとまりある方向性が見えてきたように思っています。

 

ここではただの言葉遊びではありますが、例えばこんなことからプロジェクトのコンセプトが生まれたり、ブランディングの方向性が見出せたり、ソーシャルデザインの原動力になるようなキャッチコピーが生まれたりすることがあるのです。

  

次回は、私のプロフィールにある「日本の造園家」という表現について書きたいと思います。

オレゴン州ポートランド 「共感」という価値観

私は今、アメリカのオレゴン州ポートランドに住んでいます。


この街は、良い意味でどこか「似た者同士」が集まる街のような気がします。
特別有名な観光地があるわけでもない、ただのオレゴンの小さな田舎の街ですが、なぜこんなに注目されて人が集まるのか。それが街の歴史や人々に触れるにつれて、徐々に分かってきました。

この街には、物質的な豊かさよりも精神的な充足を求める価値観が根付いています。

その価値観を端的に表すなら、「感応(官能)」と「共有」。
つまり「共感」でしょうか。これに尽きると思います。

感応とは、五感でしか感じ得ないこと、例えば、料理が美味しいとか、散歩して気持ちが良いとか、品物の手触りが心地良いとか、そういう情報には置き換えられない感覚に対する反応という意味です。もちろんエロい方の官能でも同じことです。

共有とは、皆でシェアすることです。ポートランドの人々は、自分が良いと思ったことは独り占めしないんですね。そういった感応的なことも、惜しまずイベントにしたり、店を出したり、シェアしようとします。例えば、雪が降ると街の坂道で急にオフィシャルなスキー大会が始まったりすることもあるそうです。良くも悪くも採算的なことは度外視で、皆でそれを楽しみます。

この街の最大の魅力は、市民のこの「価値観」です。行政もこれを充分に知っています。なぜなら、行政職員もまたポートランド民なのです。

つまり、この街は「市民の価値観のブランディング」に成功していると感じています。

これは、現在の日本の街づくり、特に地方行政の舵取りでは参考にしてほしい事柄です。ここに、Stump Town(切株の町)と言われた1960年頃から現在のGreen City(緑の街)と言われるまでに発展を遂げてきた、ポートランド流の街づくりの「スタイル」を感じています。

生物文化多様性 (Biocultural Diversity)と日本の庭園文化

生物文化多様性(Biocultural Diversity)という考え方が世界中で語られ始めています。

 

日本では2016年に石川県で第1回アジア生物文化多様性国際会議が開催されました。

 

この動きは、従来の生物多様性の考え方が捉えきれていなかった「自然と人間の営み」の関係の部分を補完し、我々の将来にとって真に持続的な取り組みについて世界中が気づき、考え始めたことを伝えています。

 

私はここに、日本の造園家の新たな時代における大義を見出したいと考えています。

 

なぜなら、私が考える「造園」とは「自然と人間の関係をつくること」であるからです。そして、私たちの文化を象徴する「日本の庭園」は、時代の思想や地域の気候風土に根ざしつつ、自然と人間の営みを合理的な空間美として調和させ、その中に様々な芸術を応用しながら、1000年以上ものあいだ造り続けられている、自然共生のパイオニア的空間文化だからです。

 

この日本の庭園文化を、改めて世界に向けた「生物文化多様性空間モデル」として捉え直し、持続的で豊かな環境づくりに活かしたい。

 

いま日本の造園家や庭師は、何のために日本の庭園を学び、造り、維持するのかという疑念の中で職能のプライドとモチベーションを失いつつあるように思います。しかし、今こそ自然と芸術文化の両方を知り、その関係性をハード・ソフト共にデザインできる職能として、日本の造園家は世界が求める新たな存在 ”Biocultural Environment Designer”として立脚できるのではないかと考えています。

 

このブログでは、東京の小さな小さな庭師の家系に産まれた造園家である私が、自然と人間の関係に基づいて持続的で文化的な暮らしを整える新たな職能、"Biocultural Environment Designer"としての日本の造園家の在り方を模索するために、日々徒然に考えたことを記していきたいと思います。